ネットで床屋談義に興ずる人々

以前,高学歴の女性の結婚観についてブログでふれたときに,藤沢数希という人のブログ記事を大いに参考にさせてもらいました.そこで,また,ブログをたずねてみると,藤沢さんが,経済に関して3つのトピックを「都市伝説」として斬り捨てていました


派遣労働についての意見が,このブログでもふれたことのある奥谷禮子氏の発言レベルのもので,「待遇に不満ならば辞めればいい.(年収,数千万円をかせぐ優秀な私はそうしてきました.)」という,労働市場が金融市場のごとく効率的かつ公正なものであることを疑わないナイーブさをのぞけば,残り二つの意見は,まあ経済学の教科書を踏襲したものだと思いました.

ここでは,藤沢さんの当該記事そのものではなく,そこについたコメント群について書きます.あまりネガティブなニュアンスをつけたくはないのですが,一言でいえば「床屋談義」と思いました.床屋で繰り広げられる庶民の間の知ったかぶりの論評・それにたいする熱い反論というのが,「床屋談義」の意味だと思います.

落語的に言えば,最初の発言主,藤沢さんが「長屋の大家さん」にあたるわけです.そこで繰り広げられる談義は,すれ違い,勘違い,の嵐で・・・・ というのが「床屋談義」.

さて,私はあまり興味がないのですが,とくに政策ということになると,(多分)男性は熱くなるようで,大好きなようです.簡単に言えば,「俺に首相,または経済産業相,やらせてみろよ.問題は一発で解決よ.」というものです.これは,「俺に,横浜ベイスターズの監督,やらせてみろよ.現戦力で優勝争いに絡ませてみせるから.」という野球談義と同じですね.

やっている本人たちの熱さ・楽しさを共有できない私のような人間から見て,この種の床屋談義の何がドン引きさせるかというと,その「軽さ」です.談義の中の個々の発言の内容のレベルではありません.

床屋談義をする人には,(長屋の大家さん的な?)大変知性のある人もいたりするわけで,発言の中には優れた意見もあって不思議はないです.でも,基本的に,政策の決定・遂行での難しさや大変さの最たるものは,その責任の「重さ」だと思います.この「重さ」は床屋談義の「軽さ」の対極にあるものです.

分かりやすく言うと,世の主婦から見て「バカじゃないの,何熱くなってんの.あんたは総理大臣じゃないんだから,こんなところで油売ってないで,早く帰って仕事の続きでもおやり」で,「あ,すまん」.(終了)・・・・ という感じで,カミさんに一蹴される「軽さ」と言ってもよいと思います.

別に,床屋談義が無意味と言っているのではありません.談義した結果が,自分の様々な政治的な意思決定(選挙の投票など)に反映すればよいのですが,私の周りに見かける床屋談義好きの若い男性陣にかぎって,政治不信のポーズから選挙での「棄権」が普通の行動です.それこそ,彼らの行なう談義の「軽さ」は究極と言えましょう.

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