総選挙が終わりました

私は,霞ヶ関で仕事をする高級官僚という人たちが苦手なので,民主党がその人たちをどのくらい上手に扱えるかに注目しています.

東大出身の高級官僚の多くは,優秀で仕事ができる反面,自分たちが単なる「役場の職員」にすぎないことを忘れて,自分たちこそが日本を背負っていると勘違いします.

彼らは,自分たちが給料以上の仕事(時間・内容)をやっているので,天下りを含めて様々な役得は当然だと思っています.

昔,高級官僚の方と仕事したとき,若手の方の優秀さと熱心な勉強ぶりに感心する一方で,年配の方がわれわれ「民間人」に対して傍若無人に振舞う態度に衝撃を受けました.(あの真面目で優秀な若手が15年経つと,こうなるのか・・・という感慨は,今でも忘れられません.)

遅ればせながら,マニフェストです.高速道路料金無料化は,ある意味劇薬です.経済活性化という側面をもつことは確かでしょうが,道路メンテ費用の財源の減少,CO2増加などデメリットもすぐ思いつきます.

多種多様な人間からなる社会をよりよくするときに,市場による調節作用に期待しすぎるのも愚かですが,政府による思いつき的な裁量政策というのも困りものです.

自動車に関しては,自動車を使う個人的な利便性,自動車を使うときの個人の費用(ガソリン代・車の購入・維持費用・高速道路料金他),道路の建設・改修に関する社会的な費用,以上全般に関わる,CO2排出といった環境負荷の社会的費用,といったものの中からよいさじ加減を選ぶことは難しいです.

特に,CO2とのからみでは,これからの自動車技術をECOに向かせるためにも,高速道路料金に関して,ガソリンエンジン車には,ベース料金に環境負荷税をかけ,ハイブリッド車は環境負荷税を安く,電気自動車・水素自動車は環境負荷税をゼロにするなどといった「誘導」もありだと思います.

道路メンテもありますからベース料金は,別にゼロである必要はないと思います.ただし,車社会からいずれ脱却する必要があるとの考えからいえば,道路なくして成り立たない自動車による交通システムの社会的な便益と費用を,きちんと算定していくことが大切です.

政治家は,たとえば車社会を今後どういう風にするかというデザインを描き,それに対する実現可能な方策について,無理難題をどんどん(基本的に優秀である)官僚たちに投げればよいのです.「できない」と言われても,「できなければ,やめて民間企業に行ってください」と言い放つくらいの態度をもって,仕事に臨ませることが必要かもしれません.

官僚の方たちは優秀ですが,本当の意味での「民間」の経験がないので,実は企業では意外に使い物になりません.自分達の能力に強烈な自負をもちつつ,自分が民間企業でやっていけると考えている人は,それほど多くないと思います.

これまでの政治家と官僚は,「(地元のために)これやって」,「(ちっ,政治屋め.)わかりました.何とかしましょう」. 「国民のために,こうしたいんだけど」,「(今度は,勘違いヤローか),先生,それはこれこれこういう理由(100個くらい挙げてみせる)で,絶対・絶対・絶対・絶対,不可能でございます」という不毛なキャッチボールを繰り返してきました.

結局,政治家は自分の理念を実現させるべく,いかに官僚を使いこなすか,これが問われるべきです.だれが主人なのか,それを考えたこともないのが,日本の政治家でした.


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