人材派遣業の行く末:日雇い派遣業の終えんから見えるもの

少し前のことですが,日雇い派遣を行っていたフルキャストが労働者派遣法の2度目の違反による業務改善命令を受け事業撤退が確実になりました.

以前,とんでもない,お馬鹿さんの奥谷禮子氏を取り上げたブログ記事で日雇い派遣業は,現代的な装いをしようと所詮大昔のタコ部屋のある暴力団の絡む日雇い派遣と本質は何も変わらないことを指摘しました.考えれば誰にでも分ることです.

でも,私が腹が立ったのは,昔の暴力団は日雇い労働者を食い物にしている明確な意識があって,それを隠さなかった(どうせ悪いことをやっていると思われているから?).でも,現代の日雇い派遣業務をやる会社のトップは,知ってか知らずか,この業界がクリーンであるかのような顔をすることです.

10月4日づけの日本経済新聞の朝刊は,フルキャストの日雇い派遣業務からの撤退を報じていると同時に,製造派遣業務の「09年問題」からくる製造派遣会社の不調を報じています.

一方は労働用役の調達・管理の外部委託,もう一方は資本用役の調達・管理の外部委託,この2つに拠って立つ「新しいビジネス」が問題をかかえてうまくいっていないことを意味します.

もちろん,昔から港湾労働者や土木労働者の日雇い派遣がありました.そして,製造業における下請け,請負という形の生産形態はありました.後者については,請負と派遣の線引きが難しいことがはじめからあったと思います.

労働・資本とも,使用者側からみれば,それらの用役を毎日完全に稼動させることはできません.季節によって忙しかったり暇だったりするのは,事業についてまわることだからです.ですから,労働・資本ともに投入量を調整したい経営者にとっては,日雇いや製造業派遣は,福音と思えるのは理解できます.

でも,労働する労働者と雇用者の関係は,道具と人の関係に本当に帰着できるのかというと,できないと私は思います.製造業派遣にしても,資本用役のみを都合よく,顧客の会社に効率よく納めることは,実は難しいと思います.単発の派遣の仕事をいくら積み重ねても,スキルアップやノウハウの蓄積がありえないことは,労働の場合と実は同じなのです.

資源をうまく配分するシステムとして,ある部分で人は組織を形成します.自然発生的に市場を形成することもあるでしょうし,意識的に生産の各段階を統合・管理するチームとしての企業を形成するかもしれません.あるいは,企業に対する対抗組織としての労働組合を結成するかもしれません.

家計だって,家族を中核とする消費に関する複数主体からなる組織です.さらに,市場や企業・家計でさばききれないものを扱う財政をつかさどる政府も必要かもしれません.

人材派遣や製造派遣は,市場の機能をある意味過大評価した場合の,既存組織の部分的な解体という意味を含んでいます.

単純な市場機構礼賛から,上記の過大評価がくるとすれば,問題です.システムの設計は,経済に限らず,あらゆる分野で常に難しいのですから.

派遣をめぐる,この10年ほどの迷走は,甘い考えのツケかもしれません.

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